2013年6月10日月曜日

耳の世界

今回のテーマは耳。
音を聞くための生体器官という意味の耳ではなく、
もうひとつの耳についてです。

ひとの頭の両側に耳があるように、
食パンのまわりに耳があるように、
紙幣に「耳をそろえて返す」という表現があるように、

織物の両側にも耳があります。

織物の耳は、パンの耳とは違って左右両側だけにあります。(当たり前ですが…)

そして織物の耳を見ると、その生地がどんな織機で織られたかが分かります。




シャットル織機による生地では、糸の往復運動の折り返し地点が連なって端正な糸の峰をなし、

レピア織機では切りそろえられた糸房の列がうまれ、あたかも一直線のビロードのようになります。

耳は、織物では生地の端っこの脇役ではありますが、その生地がどうやって作られたのかを
語りかけてくれる存在です。


たとえば、この傘の耳を見てみましょう。

(そういえば、傘にも「耳」がありますね)



どこにも縫製のあとがありません


これは、シャットル織機で織った生地の「耳」が、

傘の「耳」として使われている状況を示しています。


多くの傘では、傘の耳の部分は、生地の耳ではありません。

生地を裁断した断面を折り返して、三つ巻縫製されています。


しかし、写真にあるような、シャットル織機で織られた生地では、
生地の耳を縁に使うことで、縁(傘の耳)に縫製のない傘を作ることができるのです。



いまシャットル織機で織られた傘生地は貴重品です。
皆さんの傘の耳がシャットルの耳だったら、ぜひその傘をぜひ大事に使ってあげてください。






さて、今回のシケンジョテキでは、さまざまな条件のもとで生まれる

味わいのある耳の世界をご紹介します。

いろいろなところへお邪魔したときに撮影させてもらった反物の、「耳」の画像です。


これはシャットル織機で織られた生地です。
光織物さんの倉庫で撮影させていただきました。
まるで鎖でできた渦巻きのように見えますが、これはシャットルならではの
糸の折り返し部分が連なった耳の映像です。

生地を巻くときに芯がないため、耳で模様ができています。

この状態を、「耳の花が咲いている」と命名したいと思います。



これもシャットル織機の耳たちです。右の生地は耳の花が咲いています。


これはテンジンさんのリネンの生地の耳。
かなり自由度の高い造形が生まれています。

これもリネン。美しい耳の花が咲いています。



このタイトに巻かれた端正な耳は、宮下織物さんの濡れ巻き整経によるシルクサテン。
緊張感のある美しさです。


細かい同心円状の耳の花が咲いています。



こちらは綿のシャツ地。たしか播州で撮影させていただいたもの。
レピア系の織機で織られたものらしく、耳は切り落とされた糸の集合体になっています。
シャットル織機の耳との違いがよくわかります。
中心部はオバQのような耳の花です。

こちらも同様。コットンのふわふわした感触が伝わります。造形は海中の軟体動物のようです。



こちらはラメ糸を使った耳。さすがのゴージャス感です。


これもラメ糸の耳です。花火のような艶やかさ。



中心部に咲いた耳の花がかわいらしい風情です。


この耳はモヘアのような毛足の長い繊維で覆われています。


たまには斜めから見てみましょう。

レピアの耳は生地の両端から糸がほつれないように、
「もじり織り(レノ)」という織り方で止めてあります。
そのレノ糸(一番端にある経糸)で緯糸が固定してあるのが分かります。

また、いろいろな色の緯糸が使われている「多丁織物」であることが分かります。
何色もの緯糸を、柄によって部分部分に使い分けています。

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今回ご覧いただいた耳の世界、いかがだったでしょうか。
耳を見ると、どんな織機で織られているか、どんな糸でできているのか、
そして色とりどりの緯糸たちがどうやって柄の色を生み出しているのが見えてくるわけです。

これらの耳は、「反物」の状態でなければお目にかかることは難しいでしょう。

産地見学の機会があったら、ぜひ耳の世界に触れ、

生地の生まれた背景に思いをはせてみてはいかがでしょうか!




 

[番外編]

これは、富士吉田市が発行する「ゴミの分け方・出し方」です。


一番下の部分に、こんな一文があるのを、最近市内に引っ越してきたA研究員が発見しました。



「たて糸・レピアの捨て耳は2m以内に切ってください」


さすが織物産地!!
全市民への情報のなかにも、織物業界用語がハッキリと使われています!


レピア織機で織られた織物の耳は、冒頭の図解のようにハサミで切られた部分は

まとめて捨てられます。
捨て耳はたて糸と同じ長さ、数百mにもなってしまうので、

切って捨てなくてはいけないそうです。

おそらくこんな状況↓を避けるためかと思われます。

(五十嵐)